東京地方裁判所 平成11年(ワ)16973号・平11年(ワ)25375号 判決
主文
一 本訴請求について
1 原告と被告らとの間で、原告が被告浜理に対し、結晶性L-カルノシン亜鉛錯体の原体バルク(一般名ポラプレジンク、特許登録第二〇九三六七九号、承認番号六AM第一一一七号、以下「本原末」という)について、原告と被告浜理間の平成九年三月一四日付基本契約(以下「本件基本契約」という)に基づき、後記2(二)記載の本原末価格ならびに支払条件により、原告が被告浜理に対して数量を明示して本原末供給の注文をした場合、被告浜理及び被告米沢浜理において、納品場所である原告埼玉工場(埼玉県大里郡江南町大字成沢字合羽山一二一二所在)に、原告が注文した二〇営業日以降の指定する日に納品することにより、原告が被告浜理及び被告米沢浜理から本原末の供給を受けることができる継続的供給契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 原告と被告浜理との間で、第一項に定める本原末の供給に関する支払については、以下のとおりであることを確認する。
(一) 実施料は、原告が販売(原告の販売先卸業者が医療機関に販売した数量)した「プロマック顆粒一五パーセント」(以下「本製剤」という)につき、健康保険法により定められた本製剤の保険薬価基準収載の価格(以下「薬価」という)の三パーセントに相当する価格とし、原告は被告浜理に対し、毎暦年前期(四月一日より九月三〇日まで)及び後期(一〇月一日より翌年三月三一日まで)の二回に分けて支払うものとし、両期ともその締切日から四〇日以内に、被告浜理が指定した銀行口座に振り込む方法によって支払う。
(二) 本原末の価格は、本製剤の薬価の一〇パーセントに相当する価格とし、原告は被告浜理に対し、被告浜理が納品を行った月の月末締めの数量に対し、翌月二〇日に、それに相当する価格代金を被告浜理が指定した銀行口座に振り込む方法によって支払う。
3 被告浜理は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成一一年八月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
4 被告浜理及び被告米沢浜理は、原告より別紙本原末注文予定表のとおりに注文があったときは、原告に対し、それぞれの本原末の数量を同表記載の各注文納期日に引き渡せ。
5 原告のその余の請求を棄却する。
二 反訴請求について
被告浜理及び被告米沢浜理の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを五分し、その一を原告の、その三を被告浜理の、その一を被告米沢浜理の各負担とする。
四 この判決は、第一項3、4に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
1 主文第一項1、2、4と同旨
2 被告浜理は、原告に対し、一億八八三万八三二九円及びこれに対する平成一一年八月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 反訴請求
被告浜理及び被告米沢浜理と原告との間には、平成一二年四月一日以降、何らの契約関係も存在しないことを確認する。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告浜理に対し、本原末の供給停止が本件基本契約の債務不履行に当たるとしてこれによって被った損害の賠償請求をするとともに、被告らに対し、本件基本契約に基づく地位の確認及び注文どおりの本原末の供給を求めた(本訴請求)のに対し、被告らは、本件基本契約は事情変更及び信頼関係の破壊を理由に解除されたとして、原告との間に何らの契約関係も存在しないとの確認を求めて(反訴請求)争っている事案である。
一 前提事実(証拠等で認定した事実は当該証拠等を末尾に掲記し、当事者間に争いのない事実は証拠等を掲記しない)
1 当事者
原告は、医薬品、医薬部外品、動物用医薬品、農薬、工業薬品、試薬の製造、販売及び輸出入等を業とする株式会社である。
被告浜理は、医薬品、化学薬品及びそれらの原料の製造及び販売等を業とする株式会社であり、被告米沢浜理は、医薬品原材料の製造等を業とする、被告浜理の一〇〇パーセント出資の子会社である。
2 被告浜理の本原末に関する特許取得
被告浜理は、昭和六二年八月一〇日付で新物質である「結晶性L-カルノシン亜鉛錯体およびその製造法」についての特許(以下「本件特許」という)を出願し、平成八年九月一八日、特許登録を取得した(登録第二〇九三六七九号)。
3 本原末に関する原告と被告浜理の共同開発と原体供給契約の締結
(一) 結晶性L-カルノシン亜鉛錯体についての特許出願がされ、被告浜理及び原告は、被告浜理においては右物質の原末バルクの製造承認許可を取得する段階、原告においては右物質の医薬品としての製剤の製造承認許可を取得するための商業的開発を行う段階に至ったとの認識に達した。そこで、被告浜理は、昭和六二年一二月一六日、原告との間で、結晶性L-カルノシン亜鉛錯体について「開発及び販売に関する契約」を締結した(以下「元契約」という)。
元契約において、原告は被告浜理に対し一億円を支払い、特許実施料を薬価の三パーセント、原体供給価格を薬価の一〇パーセントと定めた。
(二) その後、前臨床試験を原告と被告浜理が、臨床試験を原告がそれぞれ担当し、結晶性L-カルノシン亜鉛錯体の医薬品としての可能性について研究を重ねた。こうして、原告は、平成三年一二月一八日、厚生大臣に対し、本原末について医薬品製造承認書を提出し、同六年七月一日、製造承認を得た。また、被告浜理においては、同社の一〇〇パーセント出資の子会社である被告米沢浜理が平成六年七月一日付で、本原末の製造承認を得た。
そこで、被告浜理及び被告米沢浜理は、平成六年七月一日、原告との間で、本原末の供給に関して、被告浜理が本原末を製造してこれを原告のみに継続的に供給すること、被告米沢浜理は、被告浜理の右債務の代行として本原末の製造及び原告への納品を行うこと、原告は、本原末を被告浜理からのみ購入することを主な内容とし、本原末の価格及び実施料については、後記の条件とするとの合意をした(以下「本件原体供給契約」という)。
記
本原末の価格 薬価の一〇パーセントに相当する金額(消費税を含む)(第一一条一項)
実施料価格 原告が販売した本製剤につき薬価の三パーセントに相当する金額(消費税を含む)(第一二条二項)
対価の変更 著しい経済情勢の変化、薬価制度の基本にかかわる改正、その他事業継続上著しい影響が生じたときに原告、被告浜理協議の上変更できる(第一一条四項)。
4 被告浜理の本原末の供給
被告浜理及び被告米沢浜理は、平成六年七月以降、原告に対し、本件原体供給契約に基づき、本原末を供給し、原告は、同年一〇月から本製剤の販売を開始した(甲一六)。
5 本原末の価格の変遷
本原末の価格の変遷は次のとおりである。
平成六、七年度
本原末価格 一キログラム当たり九万二九〇円
平成八年度
本原末価格 一キログラム当たり七万八一〇〇円
6 本件基本契約の締結
(一) 被告浜理は、平成八年一〇月四日、原告に対し、本原末の価格及び実施料について以下の記載を内容とする契約案を提示し、以降、原告との間で交渉を行った。
本原末の価格 本製剤の薬価の一〇パーセントに相当する価格(第五条一項)
実施料価格 原告の販売したすべての本製剤につき薬価の三パーセントに相当する価格(第五条二項)
対価の変更 本原末の価格及び実施料は、平成九年八月一日を第一回とし以後二年毎に、本製剤の販売量、経済情勢、法改正等の事情を考慮して、原告、被告浜理が協議して改定できる。
(二) 被告浜理は、平成九年三月一四日、原告との間で、既に締結していた本件原末供給契約を今回の合意と抵触しない範囲で効力を有することとし(第一二条二項)、以下の内容を持つ本件基本契約を締結した。
本原末の価格 本製剤の薬価の一〇パーセントに相当する価格(第五条一項)
実施料価格 原告の販売した全ての本製剤につき、薬価の三パーセントに相当する価格(同条二項)
対価の変更 経済情勢、法改正、販売料等の事情を考慮して原告被告浜理協議して変更できるものとする(第六条)
7 被告浜理の本原末の供給停止
(一) 被告浜理は、代表取締役社長高美茂夫(以下「被告浜理社長」という)名義で、平成九年五月二〇日、原告に対し、本件特許の実施料改定の申入れを行った。
(二) 原告と被告浜理の間で、平成一〇年度の本原末の購入、供給契約締結交渉を行ったが、交渉は難航し、決裂した。
被告浜理は、原告の平成一〇年五月一四日付注文から本原末の通常の供給を停止し、供給停止の状態は、後記8の原告、被告浜理の両代理人間の合意に基づく供給がされた平成一〇年一〇月一二日まで継続した。
8 合意
被告浜理代理人松本司は、平成一〇年一〇月二日、原告代理人齊藤誠との間で、それぞれ原告及び被告浜理のためにすることを示して、本原末八〇〇キログラムを、一キログラム当たり、原末価格七万五四九〇円、実施料二万三七八〇円の約定で供給する旨合意した。
9 被告らの解除の意思表示及び出荷停止の通告
被告らは、平成一一年一一月一六日、原告に対し、本件反訴状により、同一二年三月三一日の経過をもって本件基本契約を解除するとの意思表示をした。
被告浜理は、右契約解除の意思表示後も、平成一二年四月から六月までの間、原告に対し、事実上本原末の供給を継続していたが、同年六月一三日付内容証明郵便で、同年七月五日以降の納期分の本原末の供給を停止することを通告した。
二 争点
1 本件基本契約の解除は有効か(解除原因の有無)。
(被告らの主張)
本件基本契約は継続的供給契約であるところ、以下に述べるように、薬価基準等につき契約が締結された当時と大きく異なる状況にある点(契約締結の基礎事情の変更)及び原告は誠実な交渉を行わないこと等により当事者間の信頼関係は破壊されている点に照らすと、本件基本契約には解除事由が存在する。
(一) 事情の変更
(1) 本原末価格及び本件特許の実施料価格は、本製剤の薬価に連動している。ところで、薬価は従前二年毎に改定される慣行であったが、平成八年から同一〇年まで三年連続して改定される一方で、薬価制度自体が、同九年以降見直され、実質的には法改正にも等しい変化となった。このため、本製剤の薬価は、販売当初に予想したものと大きく乖離することになった。
(2) 本製剤の販売量に大きな影響を与える適応症「胃炎」の承認申請は、厚生省の審査方針の変更により容易に認められない状況となった。
(3) 右(1) (2) の事情から、本件基本契約第五条の本原末価格及び実施料価格では、被告らは本原末の研究、創製に投下した多大の資本を回収することができず、採算ラインを割り込む状況に陥った。
(4) 被告らは、本件基本契約締結当時、右(1) ないし(3) の事情変更を予見することができず、また、そのことについて帰責事由もない。
(二) 信頼関係の破壊
(1) 本件基本契約では、本原末価格及び実施料価格の変更等に応じて、原告と被告浜理間で随時協議するとされており(本件基本契約第六条)、本件基本契約の締結経緯から、締結直後においても本原末価格及び実施料価格の変更要請(料率の変更)をすることは予定されていた。
(2) 前記(一)(1) ないし(3) のとおり、被告浜理の利益は減少し、コスト割れしているのに対し、原告の利益は少なくとも従前通りか、逆に利益率が増大しており、原被告間で著しい不公平が生じている。
(3) 右(1) (2) の事情からすれば、原告は、被告浜理の本原末価格及び実施料価格の改定の申入れや種々の解決案を誠実に受け止め、協議に応じる義務があるのに、これを拒否した。
(4) 原告は、本製剤の新規用途開発について、協力しない。
(原告の主張)
継続的供給契約である本件基本契約を解除するためには、信義則上、取引関係を継続しがたい不信行為等やむを得ない事由の存することが必要であるところ、本件で被告らが主張する事由は、このような契約解除事由には該当しない。
(一) 事情変更の主張に対し
(1) 本件基本契約の締結の際には、薬価が二年毎に改定される慣行等を考慮しており、三年連続の薬価の改定も、予想される薬価の改定の範囲内である。また、平成九年以降に法改正に等しい薬価制度の実質的変更があったわけではない。
(2) 胃炎の適応症拡大についても、許可されない原因は原告の対応とは関係がなく、審査途中で厚生省の審査方針が変わったためである。
(3) 投資費用を回収することもできず、採算ラインを割り込む状況に陥ったとの被告らの主張については争う。
(二) 信頼関係の破壊の主張に対し
(1) 本件基本契約は、従前の経過を踏まえて、原告、被告ら協議の上締結されたものである。したがって、契約締結からわずか二か月後に、予期しない事情変更があり、協議が予定されていたということはできない。
(2) 被告浜理が本原末価格及び実施料価格の改定の申入れをしたのは、本件基本契約締結の二か月後であり、「経済情勢、法改正、販売量等の変化の事情」はなかった。平成一〇年度、平成一二年度においても同様である。
薬価が下がれば、本製剤の原価が上昇して原価率は悪化し、損失の絶対額は原告の方がはるかに大きいのであり、原告と被告らとの間で著しい不公平が生じているとはいえない。
(3) 原告は、本原末の新規用途開発について、被告浜理に協力しないといっているのではなく、同社と協議をすると主張しているだけである。逆に被告浜理こそ、法律上の義務である本製剤の市販後調査について、協力の姿勢を示していない。
2 被告浜理の供給停止行為に相当な事由が存在するか(違法性阻却事由の有無)。
(被告浜理の主張)
本件基本契約のような継続的供給契約においては、相当な事由がある場合は、供給者は契約を解除しなくとも有利な取引条件への改定を求めることができ、これに相手方が応じないときは、以後の取引を拒絶しても信義則上、債務不履行の責任は負わないものと解すべきである。本件においては、以下のとおり相当な事由が存在した。
(一) 協議に応じる義務
(1) 本件基本契約においては、本原末の価格及び実施料につき、随時協議することとされており(本件基本契約第六条)、契約締結直後であっても、本原末価格及び実施料価格の料率の変更をすることが予定されていた。
(2) 医薬品業界を取り巻く環境は、本件基本契約締結直後急激に変化し、本製剤の販売量も従前の予想値を大幅に下回り、このため被告浜理の収益は急激に悪化した。
(二) 義務違反行為
原告は、右事情を知りながら被告浜理の価格改定の申入れをかたくなに拒絶したものであり、このような原告の対応は本件基本契約第六条の協議条項に反する。
(原告の主張)
(一) 本件基本契約は、従前の経過を踏まえて、双方協議の上締結されたものであり、そのわずか二か月後から予期しない事情変更が発生したとか、あるいは協議が予定されていたということはできない。
(二) 原告が対価変更の協議に応じなかったことをもって、本件基本契約の協議義務に反したとはいえない。
3 被告浜理に債務不履行があった場合の原告の損害額はいくらか。
(原告の主張)
被告浜理は、原告の平成一〇年五月一四日付の注文以降、同年一〇月一二日の供給再開まで、本件基本契約に基づく本原末の供給を停止した。原告は、被告浜理の右行為により、一億八八三万八三二九円の損害を被った。
(一) 供給停止回避による損害(六八四万五二八九円)
原告は、平成一〇年一〇月二日、被告浜理との間で、本原末七九五・五キログラムを、一キログラム当たり七万五四九〇円で購入し、実施料については、本原末七九五・五 キログラムから製造された本製剤の製造実績である四九二万一三七三グラムに基づき、一キログラム当たり二万三七八〇円を支払うとの合意をした。
原告は、本製剤の生産停止を避けるため、やむを得ず右合意をしたものであり、これにより本来の本件基本契約上の本原末価格(一キログラム当たり六万九〇八〇円)及び実施料(一キログラム当たり二万一七六〇円)に基づき算出される額との差額である合計六八四万五二八九円の損害を被った。
(二) 供給停止による逸失利益(一億一九九万三〇四〇円)
原告の平成一〇年度の予算達成率は、同九年度と比較して、実消化でマイナス四・六パーセントになっており、実消化予算である四一億六〇〇万円の四・六パーセントのマイナス分に相当する金額から売上げ総利益率五四・〇パーセントを乗じた一億一九九万三〇四〇円が損害として発生した。
(被告浜理の主張)
(一) 供給停止回避による損害に対し
原告の損害の前提となる本原末七九五・五キログラムの取引は、原告と被告浜理との間の契約によって行われたものであり、原告には損害は発生していない。
(二) 供給停止による逸失利益に対し
原告の請求は、原告が作成した本製剤の販売予定量と実際の販売量の差額を損害とするものである。しかし、原告が作成した本製剤の販売予定量自体、客観的な根拠に基づくものではなく、右販売予定量などは被告浜理には一切知らされていないし、原告は、本製剤の販売を中断したこともない。また、販売予定量と実際の販売量に差が生じているのは、医療費抑制策による薬剤の使用制限で薬剤の世代交代が進んだためであって、被告浜理の本原末供給停止と原告主張の損害との間には因果関係がない。
第三争点に対する判断
一 争点1(解除原因の有無)について
1 本件基本契約のような継続的供給契約において、当事者の一方が他方に対して契約を一方的に解除するには、信義則上、取引関係を継続しがたいような不信行為等のやむを得ない事情が必要であると解するのが相当である。
2 そこで、以下、本件基本契約締結時から被告らが解除の意思表示をするまでの間に取引を継続しがたいような事情が発生したか否かについて検討する。
(一) 前提事実に証拠(甲一ないし二二、四五ないし四七、五〇、乙一九、二四、証人林田、同高谷)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 原告と被告浜理は、本原末を原材料とする本製剤の共同開発のために、互いに費用を負担し、研究を重ねてきたが、本原末の特許取得間近な平成六年七月一日、原体供給に関し、原体価格を含め明確な契約(本件原体供給契約)を交わして、同年一〇月から本製剤を販売するに至った。
ところで、本件原体供給契約においては、本原末の価格及び実施料価格はいずれも本製剤の薬価を基準にその一〇パーセント、三パーセント(本製剤の販売量)とされた。したがって、被告浜理の原告からの取得金額は、薬価の動向に影響される。薬価の決定方法としては、平成四年から、従前の八一パーセントバルクライン方式(納入価格の下から数えて八一パーセント目を新薬価とする方式)からリーズナブルゾーン方式(実勢価格にリーズナブルゾーン【R幅】を掛けて薬価を算出する方式)が採用され、薬価と納入価(いわゆる問屋から医療機関等に納入される価格)との差益(いわゆる薬価差益)をなくす政策が採られた。このため、本件原体供給契約が締結された平成六年当時は、半ば慣行化していた二年毎の薬価改定に際しては、薬価が切下げられる傾向にあり、また、将来的には、薬価制度自体が廃止されるなど大幅な法改正が否定できなくはない状況にあった。
(2) 被告浜理は、平成八年九月一八日、本原末について特許登録を取得した。被告浜理は、これを契機に、原告との間で締結されていた各種覚書、本件原体供給契約を整理することにした。そこで、被告浜理は、薬価の状況が前記(1) の状況にあることに鑑み、本件原体供給契約改定に当たっては、本原末及び実施料の価格は、<1>二年毎に予想される薬価改定にあわせて原体価格を見直すこと(定期的な協議)、<2>当面の平成九年度の薬価改定を踏まえ、第一回協議を平成九年八月一日とすること、<3>本製剤の販売量が当初見込み(PMA実消化計画)を下回る一方で適応症を「胃炎」とする承認が得られれば販売量の増加が見込まれたことから、本原末価格算定には販売量を考慮すべきこと、<4>法改正を考慮すべきであると考えた。
そこで、被告浜理は、平成八年一〇月四日、原告に対し、本件原体供給契約では、対価の変更に関し、「著しい経済情勢の変化、薬価制度の基本にかかわる改正、その他事業継続上著しい影響が生じたときに原告、被告浜理協議の上変更できる」(本件原体供給契約第一一条四項)とされている部分を、「本原末の価格及び実施料は、平成九年八月一日を第一回とし以後二年毎に、本製剤の販売量、経済情勢、法改正等の事情を考慮して、原告、被告浜理が協議して改定できる」と変更して欲しい旨申し入れた。
これに対して、原告は、被告浜理に対し、薬価制度自体の廃止など大幅な法改正があればそれに代わる基準を考慮しなければならないが、当面は本件原体供給契約第一一条四項の規定を基準にすべきであること、薬価が下がり、販売量の変化があれば、原告も被告浜理も同様の不利益を被り、割合の維持を始め協議する必要があることから、本件原体供給契約第一一条四項の文言に販売量を加える程度の文言修正(「経済情勢、法改正、販売料等の事情を考慮して原告被告浜理協議して変更できるものとする」)で足りるとの提案をし、被告浜理もこれを了承し、本件基本契約書第六条の文言となった。
(3) 平成八年度から同一〇年まで三年連続して薬価改定が行われたうち、同九年度の薬価改定は消費税の引き上げに伴う臨時的な措置であった。
本製剤の売上、R幅の変遷は次のとおりである。
薬価換算売上げ 数量(キログラム) R幅(パーセント)
平成七年度 二一・三億円 一万五三二一 改定なし
平成八年度 三三・八億円 二万七四四四 一一
平成九年度 四〇・二億円 三万三八一九 一〇
平成一〇年度 四〇・九億円 三万七五九〇 五
平成一一年度 四六・七億円 四万二七八七 改定なし
(二) 右(一)の認定事実を前提に取引を継続しがたいような事情の発生の有無について検討を進めることにする。
(1) 本件基本契約締結当時から、薬価は改定のたびにR幅の縮小に伴い価格が切り下げられることが予想されていたところ、実際にも、予想を大きく違えることなく、R幅の縮小とこれに伴う薬価の切り下げが行われた。他方、本製剤の生産、売上げは暫増傾向を保っている。
平成一二年三月時点では、本件基本契約締結から約三年が経過しており、薬価、販売料等につき若干の変化は認められるが、その変化は、概ね本件基本契約締結当時の経済状況から予想される範囲内のものということができる。
(2) 本件基本契約においては、平成九年度の薬価改定を織り込み済みとして、薬価制度自体の廃止等の法改正が生じた場合は購入価格の基準を再度協議することとするが、現状では、これまでの基準(本件原体供給契約における基準)を用いて、薬価改定に必ずしも拘束されず、経済情勢、法改正、販売料等の事情の変化により協議するとの合意がまとまり、その結果、本件基本契約第六条の文言となったものと解するのが相当である。
そうだとすると、右のような経緯を経て締結された本件基本契約においては、その当時の状況を踏まえて本原末及び実施料の価格が定められていることが明らかであり、その趣旨に照らせば、平成一二年三月時点での薬価の変更程度では、未だ取引を継続しがたい事情が発生しているとは認められない。
(3) その他、本件全証拠を検討するも、平成一二年三月時点において、原告と被告らとの間に著しい不公平が生じていることを認めるに足りる証拠は存在しない。
(三) 以上のとおり、本件基本契約締結以降平成一二年三月までの間に、本件基本契約第六条に規定するところの「法改正や販売量の変化、経済情勢の変化等」が生じているとはいえず、また、格別信義則違反といえるような事情も認められず、この点の被告らの主張は採用することができない。
3 以上が、争点1についての当裁判所の判断であるが、以下では、被告らの主張に対応して、当裁判所の判断を示しておくことにする。
(一)(1) 被告らは、基礎事情の変更として、<1>薬価は平成八年から同一〇年まで三年間連続して改定され、実質的には法改正にも等しい変化となったこと、<2>本製剤の適応症として「胃炎」の承認が認めれない状況となったこと、<3>その結果、被告らは本原末の製造に関して採算ラインを割り込む状況に陥った旨主張する。
(2) しかしながら、前記2で判断したとおり、薬価の変更は本件基本契約締結当初から十分予想された範囲内のものであり、しかも、薬価の切り下げは、厚生省の政策による薬価の決定方法の変化などにより事前に十分予想されたものであり、その他の事情も本件基本契約締結当時、原告と被告ら双方が交渉の前提として考慮してきた事情であって、予見しうるものである。また、本件全証拠を検討するも、薬価制度が法改正と同視しうる程度に変化したと認めることはできず、その根拠も明らかでない。したがって、被告らの主張<1>は理由がない。
(3) 本製剤の適応症として「胃炎」の承認が認められるか否かは、被告らの思惑ないし見通しであって、客観的な基礎事情ということはできない。したがって、これらの事情に基づく採算割れは、基礎事情の変更とはいえず、これに反する証人高谷の証言は採用の限りではない。よって、被告らの主張<2>も理由がない。
(4) 証拠(乙一の表2)及び弁論の全趣旨によれば、被告浜理は、本件基本契約締結当時から、本原末の販売収支は、当初の予想を下回る実績しか残しておらず、このことを知っていたこと、被告らは、このまま推移すれば、平成一二年三月の時点でも、採算ラインを割り込む状況に陥る可能性もあるということを予見していたと推認することができる。そうだとすると、被告らの主張<3>をもって基礎事情の変更とすることはできず、右主張も理由がない。
(二) (1) 次に、被告らは、<1>本件基本契約では、本原末価格及び実施料価格の変更等に応じて、原告と被告浜理間で随時協議することになっていたこと、<2>被告浜理の利益は減少しているのに対し、原告の利益は従前どおりか逆に利益率が増大し、両者間で著しい不公平が生じているのに、原告が協議に応じなかったことを挙げて、これら信頼関係の破壊の各事情が前記(一)の事情の変更と相俟って本件基本契約を継続しがたいやむを得ない事情に当たると主張する。
(2) そこで、被告らの主張<1>について検討する。
被告らは、本件基本契約第六条をもって、随時協議すべき義務の根拠と主張し、証人高谷は、これに沿う証言をする。
しかし、本件基本契約書(甲一)は、いわゆる処分証書であるから、特段の事情のない限り書面の内容のとおりの合意があったものと認めるのが相当であるが、本件基本契約書が作成されるに至った経緯は前記2(一)(2) で認定のとおりであり、特段の事情は存しない。
そうだとすると、本件基本契約第六条の文言を素直に解釈する限り、本件基本契約締結直後に協議をすること、その後も状況に応じて随時協議することが予定されていたものとは到底解することができず、この点の前記証人高谷の証言は採用することができず、他に被告らの主張<1>を証するに足りる証拠は存在しない。よって、被告らの主張<1>はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
(3) 被告らの主張<2>について検討する。被告らの主張<2>のいわんとする点は、本製剤の開発に関する原告の投資が被告らの投資に比べて極めて低廉に抑えられていること、薬価制度の変更が原告の利益を維持する一方で被告らの損害を増大させる結果となっている点にある。
しかしながら、右いずれの事実も認めるに足りる証拠はない。すなわち、原告と被告浜理が本製剤の開発を共同して行ったことは前提事実3、4、前提事実2(一)で認定のとおりであるが、双方の開発の間に格別の差異を認めるに足りる証拠はなく、そもそも、双方の合意により共同開発を行い、供給、販売を行っている中で共同開発における費用負担の問題を本原末の価格及び実施料に転嫁しうるかどうか、その主張自体疑問であって、ただちに採用することは困難である。
そして、薬価制度の変更が、原告の利益については維持したままで、被告らの損害を増大させる結果となっていると認めるに足りる証拠はない。
また、証人高谷は本製剤と原告製造の薬剤であるアシノンカプセルとの価格を比較し、本製剤の価格の不当性を証言するが、本製剤とアシノンカプセルの価格とを対比することができる根拠が明らかでなく、直ちに右証言を採用することはできない。
4 小括
以上の検討結果によれば、本件基本契約を解除するに足りる事由が見当たらず、被告らの解除の主張、ひいては反訴請求は理由がない。そうだとすると、原告が被告らに対し、本件基本契約に基づく地位の確認及び注文どおりの本原末の供給を求める部分は理由があるということになる。
二 争点2(違法性阻却事由の有無)について
1 前提事実によれば、被告浜理は本件基本契約に基づき原告に対し本原末を供給する義務を負っていたのに、平成一二年五月一四日から同年一〇月一二日までの間、右供給を停止した。右供給停止行為は、特段の事情のない限り、債務不履行となる。ただし、本件基本契約のような継続的供給契約においては、事情の著しい変更ないし相当な事由があるといった特段の事情が存在する場合には、一方当事者は、取引条件の改定を求め、これに相手方が応じないときは、以後取引を拒絶しても債務不履行の責任は負わないと解するのが相当である。
2 この点について、被告浜理は、本件基本契約において原告及び被告浜理は事情の変更に応じて随時協議することができるとの約定(本件基本契約第六条)になっていたのに、原告は右約定に反して協議に応じないことをもって特段の事情と主張する。
被告浜理の主張が認められるためには、本件基本契約において随時協議制が採られている必要があるところ、前記一3(二)(2) で判断したとおり、そのように解することは困難である。
のみならず、前提事実3、6、7、前記2(一)(二)の認定、判断に証拠(甲一九、証人林田)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると次の事実が認められる。
被告浜理社長は、本件基本契約締結の約二か月後に、原告に対し、本件特許の売却を申し入れた。右売却が無理であれば、その代替として本原末の価格及び実施料価格の改定を申し入れた。右被告浜理社長の改定案は、これまでの薬価を基準とする方式ではなく、本製剤の実勢販売価格(正味売上金額)を基準にした方式であった。原告は、右被告浜理社長の改定案は本件基本契約に反するものであり受け入れることができなかった。また、本件基本契約締結時から右被告浜理社長の申入れまでの間に、本製剤の販売量の変化及び当事者の予期し得ない経済情勢の変化及び法改正の事実はなかった。
以上によれば、平成一〇年五月一四日の時点で、原告が被告浜理の価格改定の申入れを拒絶したことは、協議義務に違反したことにはならず、原告の価格変更の申入れの拒絶の態度をもって被告浜理の本原末供給停止を正当化する特段の事情があるとは認められない。そして、本原末の供給が再開された平成一〇年一〇月一二日までの状況が、前記平成一〇年五月一四日の時点と格別異なる状況にあったと認めるに足りる証拠は存在しない。
3 小括
以上によれば、被告浜理には本原末の供給停止を正当化する特段の事情がなく、右停止により被った原告の損害を賠償する義務を負っているというべきである。
三 争点3(損害額)について
1 最後に、被告浜理が原告に対して負うべき損害賠償の範囲及びその数額について検討する。
2 供給停止回避による損害について
原告は、平成一〇年一〇月二日の供給合意は、本製剤の生産停止を回避するためにやむを得ない緊急措置として合意したもので、右合意に基づく支払額と本件基本契約に定められた対価との差額は損害となると主張する。
しかし、右主張が認められるためには、右合意自体が違法であることが必要である。これを本件についてみるに、右合意は本原末の不足に直面した原告の経営判断の一つとして、弁護士を介し、本件基本契約の価格と異なることを承知でまとめたものであるから、その合意を、後になって違法ということは困難である。そうだとすると、本原末供給停止回避による損害の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がないということになる。
3 供給停止による逸失利益について
原告は、原告が作成した本製剤の販売予定量と実際の販売量の差額を損害として主張するものであるが、その平成一〇年度の実消化予算が客観的根拠を有するかにつき検討する。
証拠(甲四九、乙八の1、2、乙一〇、一三の2)よれば、本製剤について、当初から販売予測が下回っていたこと、品目Dにおいて実消化金額において予算と二三・二パーセントという大きな誤差が生じていること、医薬品の平成一〇年度の国内生産金額は三年連続の薬価引下げ及び市場低迷を反映して過去最大の下げ幅を記録し、本製剤を含む抗潰瘍剤も前年と比べて一一・七パーセント生産量が減少したこと、本製剤の予算は胃炎への適応拡大を期待した数字となっていること、本製剤を含む抗潰瘍剤は販売競争が激化していたこと、医療費の削減により医薬品の世代交代が進行していることがそれぞれ認められる。
これに対し、証人林田は、本件予算は九五パーセントの精度があると証言するが、その根拠自体が明確でなく、右のような事実を合理的に説明するまでには至っていない。
そもそも、本製剤のような医薬品の販売量については、薬価改定、医療制度の改定、国の政策や制度の変動、適応症の拡大、対抗製品の有無、副作用の発生等の諸原因によって実績が変化すると考えられる。
以上の諸事実に鑑みると、本件予算の精度は必ずしも高いものであるとは認め難い。
また、本原末の供給停止行為が、どの程度本製剤の売上減少に影響を与えたのか必ずしも明確とはいえないが、本件に顕れている事実及び本件全証拠を検討すると、本原末の供給停止が本製剤の販売減少に影響を与えたことは確かであり、その損害額は一〇〇〇万円の限度で認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、本件基本契約に基づく地位の確認及び注文どおりの本原末の供給を求める部分及び一〇〇〇万円の損害賠償を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却し、被告らの反訴請求は理由がないのでこれを棄却することにする。
なお、最後に付言するに、本件は、本来は判決ではなく、和解で解決するのが相当な事案と思料する。原告、被告らは、いつまでも反目し、争いを続けることは本原末、本製剤を頼りとしている胃潰瘍を患う多くの市民に多大な迷惑をかけることになることに思いを致し、医薬品開発、製造等に携わる者としての社会的使命を今一度思い起こし、本製剤の安定的供給が図れるよう、一日も早い話合いによる解決を図らんことを、当裁判所は望むものである。
(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 足立正佳 裁判官 富澤賢一郎)
別紙 本原末注文予定表<省略>